広島県の原爆ドームは、世界で初めて使用された核兵器による惨禍を伝える負の遺産として知られています。この歴史的建造物は、1945年8月6日に広島市に投下された原子爆弾の爆心地近くに位置し、爆風と炎によって破壊されましたが、現在もその姿を残しています。原爆ドームは、核兵器の非人道性と戦争の恐怖を後世に伝える重要な役割を果たしています。また、日本国内には他にも負の遺産とされる場所が存在し、それらもまた歴史の教訓として保存されています。
この記事では、原爆ドームをはじめとする日本の負の遺産について詳しく紹介し、その歴史的背景や保存活動についても触れていきます。負の遺産とは何か、どこにあるのかを知りたい方に向けて、広島県の原爆ドームと他の日本の負の遺産が持つ意義と教訓を探っていきます。
日本国内の他の負の遺産とされる場所について理解できる
原爆ドームと厳島神社が世界遺産に登録された理由を理解できる
原爆ドームの保存活動とその教育的価値について理解できる
2か所同時に登録された広島県の歴史と自然の絶妙な融合が生んだ世界遺産
広島カープの本拠地でもある広島県は、広島風お好み焼や名産品のカキを楽しみに観光に訪れ
る方も多いのではないでしょうか?
海外からの観光客の方は、食べ物の他にも広島県が世界に誇る歴史的建造物を目的に訪れる
方も少なくはないようです。
世界遺産検定に役立つシリーズ、今回は広島県の世界遺産を紹介します。
広島県の文化遺産と負の遺産とは何か?
広島県は、人口275万人を誇る中国・四国地方では最大の都市圏です。
江戸時代から工業が盛んな広島県には、自動車メーカーのMAZDA、造船業の常石造船が本社を置いています。
都市圏がありながら、海と山に囲まれ景観が美しい地域でもあります。
平安時代の平氏、戦国時代の毛利氏、江戸時代の浅野氏と有力者に治められた地域には、歴史的な風景を多く残しています。
そして、県内に2つも世界遺産のある広島県は、世界から注目されている地域でもあります。
広島県の2つの世界遺産、原爆ドームと厳島神社はどちらも1996年に世界遺産に登録されまし
た。
「先生、広島県には負の遺産と文化遺産の両方があるんですね。それって珍しいことなんでしょうか?」
「そうですね、ユウさん。広島県は、戦争の悲劇を伝える負の遺産と、美しい自然と歴史を象徴する文化遺産の両方を持つ、世界でも特別な地域です。それぞれが異なる側面から、私たちに大切な教訓や文化の豊かさを伝えてくれます。」
広島県の原爆ドームとは何か?
登録区分)文化遺産、負の遺産
登録年)1996年
登録基準)(6)
国内の登録順位)No.7
原爆ドームは、広島県広島市の中心部にあり広島平和記念碑とも呼ばれています。既にご存知のように、広島県中心部は太平洋戦争の1945年8月6日、原子爆弾による核攻撃を受け甚大な被害が出ました【詳しくはこちら リンク先:広島平和記念資料館】。
原爆ドームは、広島県広島市の中心部にあり広島平和記念碑とも呼ばれています。
既にご存知のように、広島県中心部は太平洋戦争の1945年8月6日、原子爆弾による核攻撃を受け甚大な被害が出ました。
太平洋上で衝突した旧日本軍とアメリカ軍でしたが、1945年頃は東京大空襲や大阪大空襲のように日本国内の主要都市が空襲を受けることになります。
原子爆弾の目標として、広島市・小倉市・新潟市・長崎市の都市が候補に上がり、天候を理由に広島市に人類史上初の核攻撃が決定します。
被爆前には、美術展や全国規模のイベントが行われ、広島市の文化の中心でもあった原爆ドームは、現在のような姿に変わり果ててしまいました。
原爆ドームは、文化遺産の登録基準、6.顕著で普遍的な意義を有する出来事(他の基準と組み合わせて適用する)の理由で世界遺産に選ばれています。
一方で、負の遺産としても認定を受けています。
負の遺産とは、「人類が犯した悲惨な出来事を伝え戒めるもの」とされています。
海外には、ナチスドイツ政権による大量虐殺が行われたアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、ビキニ環礁核実験場が登録されています。
厳島神社:広島県のもう一つの世界遺産
登録区分)文化遺産
登録年)1996年
登録基準)(1), (2), (4), (6)
国内の登録順位)No.8
「原爆ドームは戦争の悲劇を伝える場所だけど、厳島神社はどんな背景で世界遺産になったんですか?」
「厳島神社は、平安時代に建てられた歴史ある神社で、自然と調和したその美しい建築が評価されました。特に、海に浮かぶように立つ大鳥居は、日本の文化と風景を象徴するものとして世界的にも有名です。」
原爆ドームは凄惨な出来事で世界遺産に登録されていますが、広島県にはもう1つ、文化的な理由で登録された世界遺産があります。
それは、海の中に鳥居が佇む広島県廿日市市の厳島神社です。
厳島神社は平安時代の593年、平清盛によって建造されました。
祭神は宗像三女神と呼ばれる3柱の女神様で、仏教と神道が習合された時代には「日本三大弁才天」として祭られることになります。
厳島神社は、建造物そのものの貴重さと文化的な背景から4つの基準で登録されています。
1.人類の創造的才能を表現する傑作の理由では、海の上にそそり出た舞台を含め、本殿と回廊は平安時代から続く、海の満ち引きも計算して設計された貴重な木造建築とされています。
2.ある期間、文化圏で人類の価値の重要な交流を示すものとして、厳島神社の建物と美術品は平安時代を築いた平家一族の信仰と美的感覚を今に残しています。
4.人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式では、自然の海や山を建物の境界に取り入れられた平安時代の神殿造りが高く評価されています。
6.顕著で普遍的な意義を有する出来事としては、日本国内で仏教と神道が習合、または建物と
して分けられる理由になったとされています。
原爆ドームの歴史と保存活動
原爆ドームの歴史
原爆ドームは、もともと広島県物産陳列館として1915年に建設されました。
チェコの建築家ヤン・レツルによって設計されたこの建物は、美術展や商業イベントが行われる文化の中心地でした。
しかし、1945年8月6日、アメリカ軍によって投下された原子爆弾により、建物は一瞬で破壊され、広島市の大部分が壊滅的な被害を受けました。爆心地に近かったため、ドームは焼け残り、そのままの姿で保存されることとなりました。
保存活動の経緯
原爆ドームの保存活動は、広島市民と国際社会の支援によって進められてきました。
戦後、ドームの取り壊しが検討されましたが、原爆の悲惨さを後世に伝えるために保存することが決定されました。
これまでに4度の保存工事が行われており、1967年、1989年、2002年、2015年に実施されました。これらの工事は、被爆当時の姿を維持するためのものであり、耐震補強や建物の安定化が図られました。
教育的価値と世界遺産登録
原爆ドームは、単なる建築物ではなく、教育的価値を持つ遺産として広く認識されています。
広島市では、毎年8月6日に平和記念式典が開催され、核兵器の廃絶と平和の大切さが訴えられています。
1996年にはユネスコの世界遺産に登録され、「顕著で普遍的な意義を有する出来事」として、その歴史的価値が国際的に認められました。原爆ドームは、戦争の悲惨さと平和の重要性を伝えるための重要な役割を果たしています。
日本の負の遺産:他にはどこにある?
日本で公式にユネスコの負の遺産に登録されているのは広島の原爆ドームだけですが、他にも戦争の悲劇を伝える場所は存在します。これらの場所もまた、歴史の教訓を後世に伝える重要な役割を果たしています。
沖縄の戦跡国定公園とひめゆりの塔
沖縄県には、第二次世界大戦の激戦地として多くの戦跡が残されています。
沖縄戦の悲惨さを伝えるために設けられた戦跡国定公園には、戦闘の舞台となった場所や記念碑が点在しています。
特にひめゆりの塔は、沖縄戦で命を落としたひめゆり学徒隊を慰霊するために建てられたもので、多くの観光客が訪れています。ここでは、戦争の悲劇と犠牲者への追悼の意を表すことができます。
ひめゆりの塔は、若い看護学徒たちが戦争の犠牲となった場所であり、訪れる人々に戦争の悲惨さと平和の重要性を強く訴えかけます。
この塔とその周辺には、彼女たちの働きや犠牲を伝える展示があり、教育的価値が高いとされています。
長崎の平和公園と浦上天主堂
長崎市にある平和公園もまた、原爆の被害を記念する場所です。
ここには、原子爆弾が投下された場所を示す記念碑や平和祈念像があり、多くの訪問者が平和への祈りを捧げに訪れます。
平和公園は、戦争の悲惨さを後世に伝える重要な場所であり、核兵器の非人道性を強く訴えています。
また、浦上天主堂は原爆の被害を受けた教会で、その一部が保存されています。
再建された天主堂の一部には、原爆の破壊力を示す展示があり、戦争の悲惨さを伝えるために多くの人々が訪れます。浦上天主堂は、戦争の犠牲とその記憶を後世に伝えるための重要な場所です。
北海道の開拓使旧本庁舎と監獄
北海道の開拓使旧本庁舎は、明治時代の開拓政策の一環として建てられた建物です。
この場所は、開拓時代の厳しい労働環境や囚人労働を示す負の遺産として保存されています。
また、網走監獄は、同様に開拓事業に従事した囚人たちの生活を伝えるために、当時の建物や施設が保存されています。
これらの場所は、過去の過ちを反省し、現在の自由と平和を再認識するための重要な教訓を提供しています。
日本の負の遺産:他にはどこにある?の結論
日本には、ユネスコの負の遺産に公式に登録されているのは広島の原爆ドームだけですが、他にも沖縄や長崎など、戦争の悲劇を伝える重要な場所が存在します。
これらの場所は、戦争の過ちを忘れず、平和を築くための教訓として重要な役割を果たしています。
訪れる人々にとって、これらの場所を訪れることは、歴史の教訓を学び、未来の平和を築くための重要な経験となるでしょう。
検定によく出題される例題
Q1. 富士山の噴火を鎮めるために建立された神社はどれか。(世界遺産検定4級相当)
1.浅間神社
2.春日大社
3.熊野本宮大社
4.厳島神社
Q2. 木で作られた『厳島神社』の大鳥居の中には「あるもの」が詰められていますがそれは何でしょうか。(世界遺産検定4級相当)
1. 石
2. 水
3. 鉄
4. 金
Q3.「広島平和記念碑(原爆ドーム)」のように、人類の犯した過ちを記憶に留め教訓とする遺産は、通称で何と呼ばれているでしょうか? (世界遺産検定3級相当)
1.危機遺産
2.涙の遺産
3.負の遺産
4.教訓遺産
広島県の2つの世界遺産、厳島神社と原爆ドームは、私たちの歴史を語り継ぐ貴重な建造物です。
厳島神社は、平安時代に平清盛によって建造され、海に張り出すように作られた本殿と回廊、海
の上に浮かぶ大鳥居は自然とともにある日本の文化を表現した世界に誇る文化遺産です。
海風と波に耐えるために、大鳥居の中に7トンもの石が積められている豆知識も世界遺産検定にはかかせない知識です。
もう1つの世界遺産、原爆ドームは凄惨な出来事を後世に残す負の遺産として登録されています。
毎年、8月6日の黙祷の時間には戦争という人類の残酷で愚かな行いを戒めるため、手を合わせなければなりませんね。
「広島の原爆ドームや長崎の平和公園を訪れることで、戦争の恐ろしさを直接感じることができそうですね。」
「その通りです、ユウさん。これらの場所を訪れることで、過去の悲劇から学び、二度と同じ過ちを繰り返さないための意識を持つことができます。特に若い世代にとって、これらの遺産を訪れることは重要な教育の一環です。」